FDA査察対応にまつわる都市伝説?-その1

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2025-01-21

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かなり以前から業界内で伝え聞こえたFDA査察対応について、いくつか考察してみましょう。企業のQA所属の頃に聞いたものですが、その後当局の調査員として米企業でFDA査察に同席した経験や、コンサルとして査察に立ち会い査察官と議論する機会を経ると、何が正しく、何が誤りかが明確になってきました。

以下、考察してみたい事項です。

  • その日の指摘を改善して翌日に対応した旨を伝えると指摘にならない?
  • 要求された文書は直ちに提示しないと状況が悪化する?
  • 直接英語で話さず通訳を介さないと誤解を生じる?
  • 体制整備に2年かかる?

なお、本記事は筆者の経験に基づくもので当局の方針を示したものではないこと、査察官によってはばらつきも想定される等により、必ずしもそのようになるとは限らないので、予めお断り致します。

その日の指摘を改善して翌日に対応した旨を伝えると指摘にならない?

経験から、必ずしも期待できないでしょう。実際、査察官から、そのようなことはしないと伝えられたこともあります。翌日、修正された報告がされたものでも、不備が発見され、それに対して指摘したという事実を残すのが査察官の義務だということです。また、修正された内容を後々客観的に確認していく上でも指摘として残しておくことは重要になります。ただ、査察中に修正されたという製造所の対応はEIRに残るので、対応姿勢を示すという点においては全くの無駄ではないようです。

実際、立ち会った上での経験から、姑息的に中途半端な対応をするよりは、指摘の本質を理解するために当日や翌日朝に疑問点を十分に査察官と議論し、効果的な対応方針を査察期間中に確定することに労力をかける方が、夜遅くまで消耗して修正するよりは得策だという印象を受けます(尤も、ケースバイケースの判断は伴います)。今後、その2で解説しますが、指摘を受けた場合に成功に導く鍵はF483に対していかにしっかりした返答をするかということでしょう。
即修正イコール指摘が消えるという短絡的な図式ではないことを認識する必要があります。

要求された文書は直ちに提示しないと状況が悪化する?

若干は言いえていますが、本質はそこではないでしょう。対話(や査察官からの質問)が白熱した際に、質問の展開とともに確認したい文書が次々と必要になるので、要求する度に流れが止まることに査察官はストレスをためることになります(FDAに限ったことではないです)。これが米国の製造所だと、質問に対して製造所の管理者は先ず口頭で解答する展開になります(=対話の空白がない)。それで済む場合もあるのです。査察官の最初の質問の意図は、製造所の管理に対するフィロソフィーを聞いているので、文書が出てなくても即答できるだろうということです。日本の一般的な例では、査察官と目線も合わさず、ひたすら下を向いて文書を見ているといった傾向にあります。文書の準備に時間がかかるようであれば、査察官からは、先に次のテーマに行こうとの申し出もあります。その他、次にどのテーマに行くかを順に予め伝えながら進めることもあり、製造所にとって文書が出ない状況にはない状況作りもしているはずです。その上で時間がかかるとなれば、製造所の文書管理はどうなっているのかといった疑問や、更に、経験的に5分以上空白時間があったりすると、さすがに、製造所は日頃から当該の文書を見ていないのかといった運用上の疑問も出てくることが想定されます。

直接英語で話さず通訳を介さないと誤解を生じる?

英語の意味をよく知らない日本人が直接対話することで誤解を生じて要らぬ指摘になるというもので、そのような側面は否定はしません。しかし、通訳を介することによって議論展開が別の方向に行ってしまい、追い詰められた事例もいくつか見てきました。これには、通訳側に非はなく、製造所側の論理展開の質によると考察します。Q-TrioがGMPの概念に導入されてから用語は格段に増え、査察官との対話が複雑になったことは事実です。品質領域独特の用語の使い方もあります。特徴的なものは“Critical”ですが、“Important”や“Key”とは違うこの分野ならではの定義があります。これに限らず重要な英語用語の解釈によって解答の質が違ってくることになります。理想は専門領域に詳しい者が直接査察官と対話することですが、そうでない場合、対話がもつれた時に交通整理できるような経験を積んだコンサル等が有用かもしれません。

体制整備に2年かかる?

この意図は、体制構築に1年、運用しながら改善して体制を完成させるのに更に1年というものでした。体制構築の際に、先ず、自社のGMPをほぼ全否定しがちですが、例えば、国内GMPで一定の実績をあげている場合、自社の体制にある程度の自信を持つ事が大事だと感じます。その上でギャップに対応することになります。経験的には複数のメジャーなギャップが生じればそれを埋めるのに資源を集中して半年はかかりうると想定されます。その後、そこからの運用と修正になるでしょう。ギャップ分析のポイントは経験を有する者の助言がやはり効果的で、いかに規制の本質を理解するかにかかります。総合的な視野が必要となり、複数の運用間で矛盾を生じていないかに気付くことも含まれ、査察官独自の目線もあります。こういったギャップ分析にはコンサルが有用であるといわれる所以でしょう。

※その2に続く…

執筆者

寶田 哲仁 (たからだ てつひと)

現職:株式会社ファーマプランニング シニアコンサルタント


1983年 持田製薬株式会社入社

27年間品質保証業務を経験、この間、製造管理者・品質保証責任者等経験

2016年独立行政法人医薬品医療機器総合機構

GMP・GCTP調査(シニア調査員等)の他、アジアトレーニングセンターにて東南アジア諸国等の査察官指導体制の確立及び運用に関わる

2021年 学校法人東京理科大学研究推進機構総合研究院究

ヒト細胞加工製品のQbDアプローチ関連の研究支援の他、知識管理・品質文化に関する研究

2023年 現職にて、GMP・GCTPコンサルティング(PMDA/FDA対応等)


過去、日本製薬工業協会(JPMA)品質委員会GMP部会委員、ICHでJPMAの専門家として Q7、Q8R、Q9、Q10のガイドライン/Q&Aの作成、PIC/S WGにてAnnex 2A作成、厚生労働科学研究等でGMP省令改正案、GMP監査マニュアル等の作成に関わる。

 現在、継続して、国立保健医療科学院医薬品医療機器の品質確保に関する研修で講師の一人として都道府県の薬事監視員教育に関わる。公益財団法人神戸医療産業都市推進機構外部アドバイザー(GCTP関連)