Lean PQS™論考 その3 イノベーションの源泉としてのPQS

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2025-09-08

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内容

医薬品産業では、GMPは各国規制に組み込まれ、実装しなければ製造して販売することができない。つまり、「やって当たり前」なわけである。それゆえに、(品質的な観点を置いておいて)ビジネス的な観点から考えてみると、所定の基準を「形式的」に満たせばそれで十分ではないか(費用対効果が高い)という疑問も生じる。

医薬品製造業間の競争において、GMPの優劣のみによって顧客がサプライヤーを選ぶケースは、限定的であると思われる。例えば、あるサプライヤーのGMPがまったく基準を満たしていない、GMP査察に適合することが難しそうだと予想されれば、当然、選定の対象から漏れていく。しかし、どのサプライヤーもGMPを十分に満たしているという状態であれば、どうだろうか?技術、価格等の別の要因によって比較選定がなされるだろう。GMPが制度化されてから既に半世紀が過ぎているなかで、GMPの準拠というのは、ある意味やって「当たり前」になっており、コモディティ化とも言える状態にある。

これに関する類推の材料としてISO 9001の大規模研究がある(Levine, D. I., & Toffel, M. W. (2010))。ISO9001の認証を受けた企業は、そうでない企業に比べて倒産率が低く、売上や雇用の成長が大きく、総人件費や従業員一人あたりの賃金も上昇することが確認された。特に小規模企業においてその効果が顕著であり、ISO9001の導入が経営資源や市場における信頼性を強化し、存続と発展につながることが示された。ISO9001の認証の取得がなぜ、売上につながるのだろうか?認証があることによって取引先として選ばれやすい可能性が高いことが示唆されている(「市場へのシグナリング」)。また、別の研究では、その業界において認証取得が普及している中で認証を取得する場合、他企業に先行して取得する場合と比べて、その財務的な便益は薄れることがわかっている(Benner, M. J., & Veloso, F. M. (2008))。

つまり、GMPの遵守が当たり前ではない状況にあっては、GMPの遵守は競争力の源泉となりえるし、遵守が当たり前な状況にあっては、競争力の源泉とはなり得ないとも考えられる。GMP・PQSの構築を「投資」として捉えた場合、その活動の費用対効果はいかほどであろうか。GMP・PQSの費用対効果は、マイナス方向にしか増減しない価値として説明されることが多いと思う。つまり、GMP・PQSを実施することでこれだけの損害(逸脱や回収)を防ぐことができますよと説明される一方で、これだけの利益を生み出しますよといった、プラス方向で説明されることが少ない。開発力、技術力、特許網等は、いわゆる競争力の源泉として語られることがある一方で、GMP・PQSは、企業の直接的な競争力の源泉として語ることは難しそうな気がする。

しかし、一方でイノベーションの源泉としてのQMSという側面がある。品質の改善に関して、注意深さ(正確さ・規程遵守・精度)、革新性(自律・試行・リスク許容・新機会への反応)が必要であるとの仮説を基に、どの活動が不良コスト及び生産性に影響しあうかを調べた研究がある(Naveh, E., & Erez, M. (2004))。

結論のみ記載すると、文化面への作用は「注意深さ(規程遵守・精度)」と「革新性(試行・自律・リスク許容)」で異なるパターンが明確に観察された。例えば、ISO 9002の導入は注意深さを有意に高める一方で、革新性を有意に低下させた。対照的に、QIチームと品質目標はともに革新性を強く押し上げ、注意深さへの追加効果は見られなかった。そして、注意深さと革新性の双方が、不良コストの低下と生産性の向上にそれぞれ有意に寄与しており、両者は競合ではなく補完的に機能することが示された。

この結果は、次の通り理解することができると考える。PQSの活動は、革新性と注意深さの文化を醸成することができる可能性がある。そして、その活動の中で単に規定の遵守を重視する活動のみでは、注意深さを育む結果になるものの、革新性を大きく低下させることになる。そのため、PQSの活動としては、規定の遵守(注意深さ)と規定を変えていく(革新性)という2つの活動をバランスよく達成する必要がある。そうすることによって、PQSは、「マイナス方向の価値の増減」を行う装置から「プラス方向の価値の増減」を行う装置へと至り、イノベーションの源泉となり得ると思う。

参考文献
Levine, D. I., & Toffel, M. W. (2010). Quality management and job quality: How the ISO 9001 standard for quality management systems affects employees and employers (Working Paper 09-018). Harvard Business School. Forthcoming in Management Science.
Benner, M. J., & Veloso, F. M. (2008). ISO 9000 practices and financial performance: A technology coherence perspective. Journal of Operations Management, 26(5), 611–629.
Naveh, E., & Erez, M. (2004). Innovation and attention to detail in the quality improvement paradigm. Management Science, 50(11), 1576–1586.